『ドラッカー365の金言』10月25日・『断絶の時代』『新しい現実』より

 今日の本文で述べられている、「環境の破壊をともなって生産された財の貿易を禁ずる」という考え方の実装のひとつが、カーボン・フットプリントだろう。ドラッカーのいっていることに比べればとても弱い方法ではあるが、世の中がやっと追い付いて来ているということかもしれない。*1

断絶の時代―来たるべき知識社会の構想 (1969年)

断絶の時代―来たるべき知識社会の構想 (1969年)

新しい現実―政府と政治、経済とビジネス、社会および世界観にいま何がおこっているか

新しい現実―政府と政治、経済とビジネス、社会および世界観にいま何がおこっているか

*1:しかし、環境負荷の基準を二酸化炭素に一元化してしまうのは問題も多いと思う。しかもそれを政治の道具にしたり貿易財にしているのだから、今の政治家はまだまだドラッカーの考えに辿り着けそうにない。